貸し剥がしウクライナ

ウクライナ問題では様々な観測が出ているが、もっとも説得力があると感じるのはニューズウィーク冷泉彰彦氏の3月6日のコラムである。

 

ウクライナ問題、「苦しいのは実はプーチン」ではないか?

http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2014/03/post-632_1.php

 

ずっとEU派とロシア派で争ってきたウクライナは今回のクリミア併合によって完全にEU派に落ちる。ウクライナへの影響力を持ちたいのならロシア軍まで出してきたのは逆効果ではないのか?と最初ニュースに接した時は思ったのだが、どうもそれこそがプーチンの狙いであるということだ。

ウクライナの経済は破綻寸前で莫大な債務を抱えている。金を貸しているのはもちろんロシアだからデフォルトなんかやらかされたら大損害だ。そこでEUから出来るだけ援助を引き出したい、というよりウクライナをEUに押しつけたい。

 

考えてみればクリミアに軍なんて出してくる意味はないのである。勝手に独立して編入してくると言うのだから。軍をわざわざ見せつけるのは「どーだぁ俺たち恐いだろう。この21世紀に侵略戦争とかやりそうな勢いだろう。それが嫌ならあんたらウクライナの面倒見てね。口先だけじゃなくて。」ということである。

 

国際政治はもちろん本音で動くが、動かすには建前が必要である。ロシアはクリミアに出した軍にはロシア軍章を外して「あれは自警団だ」と言い張っている。ロシアはEUに天然ガスを売りたいしEUは買いたい。しかし正式軍を出してしまえばさすがにその関係は続けられない。そこで一応あれはロシア軍ではないということになっているのである。まったくの茶番だが、この建前が成立しないと双方困ったことになる。

 

なぜクリミアを獲ったのかという理由はこちらが参考になるかもしれない。

 

ウクライナ問題の本質

http://stratpreneur.chalaza.net/?eid=1138

 

こちらのサイトではクリミア沖の黒海の油田によってウクライナが自立できる可能性を潰すという説である。しかし現在ロシアは新しいパイプラインの建設を始めている。

 

ロシア欧州間の新パイプライン建設、ウクライナ危機で複雑に

http://jp.wsj.com/news/articles/SB10001424052702304364704579490290304081668

http://graphics.wsj.com/south-stream-gas-pipeline/

 

ウクライナ危機で複雑に」というタイトルだが、クリミアを獲っておけば黒海ルートのパイプラインの建設はむしろ容易になる。もはやウクライナは用済み、なだめすかす必要もなくなる。

 

しかしここへきて東部がそれぞれ勝手に独立、ロシアへの編入を求めだした。プーチンとしては東部の編入は認めたくないはずである。稼ぎ頭の東部に対しては「お前らはウクライナに残って借金を払え」と言いたいはずだ。

 

興味深いのはウクライナのロシア系住民というのはクリミア半島の他はドネツク州などごく一部にしかいないということだ。(Wikipediaの画像 青がロシア系)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:UaFirstNationality2001.PNG

 

東部に住む「ロシア派住民」はロシア語圏であっても民族的にはウクライナ人なのだが、その東部はロシアへの輸出で成り立っている工業地帯である。なので暫定政府がロシアへの輸出を停止したとたん一斉に反発したわけである。この問題で完全に下手を打ったのはキエフの暫定政府側だ。

 

さてこのまま状況が進めばどうなるか?新パイプラインが完成すれば、ロシアとEUは平然とガスの売買を始めるだろう。旧パイプライン跡に残されるのは、莫大な債務を抱えた貧しい農業国と、世界のどこも承認しない自称ロシアの衛星国である。こうなるともうウクライナ債務不履行は避けられない。ウクライナを助ける者は誰もいない。金ばかりかかって見返りは大してないし、たとえ破綻しても被害を受けるのはロシアだけだからだ。

 

プーチンはおそらくウクライナのデフォルトは既定路線の一部として想定しているに違いない。その被害を最小限に食い止めるための権益確保と、EUの支援によるデフォルト回避の可能性を引き出す、という2つの路線を同時に進めるための行動が、ロシア軍を出動させたクリミア併合だったわけだ。

 

ウクライナのガス代不払いを理由にEUへのガス供給停止をちらつかせたりしているが、それによって建前だけで正義の味方ヅラしているEUに現実の支援、つまり金を出させるのが本命だろう。クリミアを獲ったのはあくまで保険である。「独立祝いにプレゼントした土地を(住民の意思で)返してもらっただけ」という論理は、もちろん国際社会では通用しないがロシア圏内では通用する。

 

ウクライナ破綻に備えてはいるが、あくまでそれは次善の策である。だからプーチンが次のウクライナ大統領選を支持しているのも、東部の独立を歓迎していないのもなんら不可解なことではない。EUの助けを借りて再建し、金を返してもらうのが第一だからだ。もし破綻したら根こそぎ剥がしてタダ働きさせないといけないが、それまでは兵器でもガスの元栓でも何でも使ってEUに揺さぶりをかけてくるはずである。

 

まことにお利口なプーチンさんだが、この手段を選ばないやり方はまるでヤクザの取り立てだ。日本ではこの機にロシアにすり寄って北方領土返還の道を開こうなどと考えている人もいるようだが、相手がヤクザだということをよく認識した方がいい。どんな条件を呑まされるか分かったものではない。