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思考実験 ―日本の漁業が壊滅するとどうなるか?

日本の漁業というのは実は危機に瀕しているのだが、その意識が広まっているとは言い難い。例えばこのニュースではホッケの不漁によって動物園がエサに困っているという「おもしろニュース」の扱いになっている。

 

北海道ホッケが不漁 意外な場所に影響が… | 日テレNEWS24

 

ここには「ホッケなんて獲れなくても困るのは居酒屋と動物園だけ」という侮りが見られる。マグロやウナギと同じ漁業の問題だという認識がない。獲れないマグロ、消えたウナギ、獲らせてもらえないクジラの問題は「日本の食文化」の問題だととらえられている。ホッケは大した「文化」じゃないから軽い扱いというわけだ。

 

ここでタイトルの「日本の漁業が壊滅」という前提の補足説明として、一旦マグロに関する日本の漁業政策を取り上げておく。

 

クロマグロの未成魚、漁獲量半減で合意 太平洋西側 :日本経済新聞

 

「漁獲量半減で合意」という記事だが、実際はこういうことである。

 

勝川俊雄公式サイト - クロマグロの国際合意の総括

 

つまり数字のマジックによって自国の削減量は微小に抑え、他国に大幅削減を押し付けるという日本外交の大勝利である。で、その結果日本はマグロをこれまで通りに獲りまくれるわけだ。減っているのに。

 

こうした自国の資源を自ら喰い尽くす政策によって日本の漁業は壊滅に向かう。で、ここで思考実験である。もし日本の漁業が壊滅したらどうなるのか?

 

まず漁業者は生活が立ち行かなくなるわけだから次々と廃業する。その結果漁村は廃れ、魚が獲られなくなる。するとどうなるか。魚が増える。・・・今の三陸沖の状況と同じで当然の帰結である。そして漁業者が帰ってくるが、問題は誰が帰ってくるのかである。初期投資が莫大な漁業に一から参入できるのは、おそらく企業ではないか。つまり日本の漁業は企業の論理に支配されることになる。

 

これがどういう結果になるかはわからない。もしかすると今よりずっと良くなる可能性はある。しかし公共の海の資源を企業が管理するという状況をきちんとコントロールできるのかどうかは予想できない。

 

ここまでは以前に考えていたことだが、それ以上の問題が起きることに気が付いた。漁業が壊滅すると漁港がなくなるのである。日本の漁港は大量の氷を備蓄し、漁船はそれを積んで出かける。市場でも輸送の段階でも魚は常に氷と共に管理される。なぜそこまでするのか?それはすべて、魚を生で食べるためである。実際シンガポールあたりの高級日本食店などは魚をわざわざ日本から空輸している。現地の漁港では日本のような生食可能な管理などとうてい望めないからだ。

 

一時期生肉や生レバーの衛生問題が話題になったが、我々は肉よりはるかに腐りやすい魚を気軽に生で食べられるために感覚が麻痺していたのである。魚はそうそう生で食えるものではない。それが食えるのは日本の漁港と魚の流通が生食前提で組みあがっているおかげである。

 

日本の漁業が壊滅すると、こうした仕組みも当然消えることになる。一旦壊滅した漁業が復活する時、それは以前とは様変わりしたものになるだろう。壊滅している間、魚食とは主に外国産の冷凍フィレを焼いて食うものになる。生食体制が復活した頃には魚を生で食べられない日本人が増えているかもしれない。

 

これは大きな問題だと思う人もいれば大したことではないと思う人もいるだろう。しかし漁業資源管理は他の国で成功して充分に実績のある政策である。わざわざ無為無策によって世界有数の海を持つ国が水産物輸入国に成り下がり、綿々と築いてきた食文化を投げ捨てる必要はないはずだ。