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マーケティング仮説:消費者は徐々に「賢明化」する

企業にとってマーケティングで市場の変化を敏感にとらえることは大切だ。しかしそれが簡単ではないことは、名だたる大企業がたびたび変化の流れを読み間違えて失敗していることからもわかる。市場の変化自体は売れ行きにそのまま表れるはずなのだが、重その変化が一時的な変化なのか、それとも長期的なトレンドなのかという点を判断するのは難しい。

この点を読み間違えると単なる一時的なゆれに対して過剰な設備投資をしてしまったり、逆に商機を逃して市場を競合に奪われるということが起こる。これに対する判断基準としてひとつの指標というものはないものか。そこで「顧客の消費行動は徐々に賢明になる」という仮説を唱えてみる。

 

2012年頃の経済紙の特集にはもっぱら「アベノミクスで消費増」という文字が躍っていた。景況感の中で少し余裕の出てきた消費者は「ちょい高消費」など日常の生活の中で少し奮発した贅沢を楽しむようになっていた。その後消費税増税による駆け込み需要、その反動による消費の落ち込みと続く。そして予想された次の段階は反動減が終わって消費が回復することだった。しかし「反動減」が終わってもそのまた反動による消費回復はなかなか起こらない。これは一時の「ゆれ」とは違う長期的な変化、人々の消費行動そのものが変化したためだ。

 

人が消費行動を変えるときには何かのきっかけがいる。収入が減るなり大きな支出の必要性が生まれれば他の支出を減らす。その際にそれまで自覚していなかった無駄に気付くことになる。「このくらい払うのが当たり前」と思っていた支出が実は必要ではなかった、などという気づき。特にここ20年は「なんだこんなに払わなくてもよかったんだ」という変化の連続であった。

 

こういう変化には何かのきっかけが必要である。変化しない社会では消費活動の変化はなかなか起こらない。日本はずっとデフレだ(いまだ過去形にはできないが)が、そもそも現代文明は経済成長を前提としており、景気がずっと後退し続けるのは異常事態である。その中では価格破壊という名のイノベーションが起こる。例えば100円均一ショップの出現は日本人に「必ずしもちゃんとした製品でなくても間に合わせの安物で充分な場合がある」ということを教えた。

 

こうした変化の中でも法改正などは全体に大きな影響を与える。消費税増税によって全般的な値上がりを感じた消費者は細かな支出を見直す。さらにそれまでの「ちょい高消費」によって「良いもの」の価値を知ったため、必要でない支出を減らして自分がより望むものに支出を傾けるようになる。こうして数々のきっかけを経て人々の消費行動は賢明になっていく。

 

このように消費行動の変化は外的要因によって引き起こされる。簡単に言えば「値段の変化」である。昔から値付けの変わらないものに対しては人は値段に疑念を抱かず、価格はブラックボックス化するが、そこに「価格破壊」が起これば顧客は値付けの根拠を問い直すことになる。

 

この点から見て大きく失敗したと言えるのが現在苦境に陥っているマクドナルドである。同社は大きく値下げをして買い得感をアピールした後、少しづつ値上げして利益を上げようとする戦略をとってきた。ここにはまず大きな見落としがある。一つ目はかつて低価格に惹かれた顧客が、その後の少しの値上げに気付かないであろうという甘い見立てである。同じ人間でも安い物を買う時と高い物を買う時では値段の変化に対するセンシビリティは大きく異なる。まして低価格戦略を打ち出す際のターゲット層は特に値段の差に敏感であるはずである。

 

そしてこのような値付けの変化、さらに地域別価格の導入は顧客に価格設定の根拠に対する疑念を抱かせる。こうした価格戦略は経営として合理的な発想から生まれたものであるが、顧客を合理的に攻略しようとすれば顧客もまたそれに合理的に対抗してくる。

 

外食産業では原価率の高いメニューで客を集め、原価率の低いサイドメニューで利益を上げようとする戦略はごく普通に行われている。しかしマクドナルドはむやみな価格の変化によって「顧客の賢明化」を自ら引き起こし、自社の利益を圧迫するよう仕向けてしまったのである。

 

この「顧客の賢明化」という変化を一般的なマーケティングに生かすためにはどうすればよいか。もし原価率と商品の売れ行きに明らかな相関があるときには顧客は企業に余計な利益を与えたがってはいないと判断できる。ここで必要なのは「原価率の低い売れ筋商品」をひねりだしてさらに顧客の裏をかこうとすることではなく、まず価格の適正化に取り組むことである。

 

また急に人気になった製品があったとし、それが本来の価値と乖離しているような場合はそのムーブメントは長くは続かないことが予想される。その他にも税制改革や景気などの大きな変化の際には顧客の消費行動が賢明化することを念頭に置くとよい。もし顧客の賢明化が十分に起こっている場合は「適正な品質と価格」を訴えることによって市場で優位に立てる可能性があるのである。

 

現在東京には「原価バー」なる居酒屋チェーン店が存在する。一定の「入店料」を支払うと酒や食事メニューが「原価」で提供されるというシステムである。この入店料も立地によって変化する。いわば究極の明朗会計である。

 

原価バーは少々時代を先取りしすぎているかもしれないが、全体としては外食産業は徐々にこの方向に進むのではないかと思われる。客の足元を見て気付かないとこから出来るだけふんだくろうという戦略はもう古い。消費者の選択はどんどシビアになっていくわけだが、実はこれは供給側にとっても悪いことばかりではない。不当廉売のような「力押し」が通じなくなり、まっとうな商売が評価されるようになるからである。

 

この「顧客の賢明化」という仮説は少々進歩思想的、楽観的に過ぎるかもしれないが、時代の大きな流れとして念頭に置いておけばマーケティング戦略をそう大きく誤ることは少なくなるのではないかと思う。