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フリー経済の未来と罠

クリス・アンダーソンの『フリー <無料>からお金を生みだす新戦略』を最近読んで考えた。

 

この本は2009年に出版された本だが、それほど内容は古くなっていない。それはこの本が古今の様々な実例に言及して無料ビジネスの歴史を解説しているからであるが、実は本の中でアンダーソンは明確な解答や予想を示していないので「ハズレ予想」からうまく逃げているせいでもある。

 

無料ビジネスの歴史は安全剃刀を配って替刃を売るビジネスモデルに始まり、民放のCM、そして現在Webによってその範囲を広げつつある。それはデジタルコンテンツの保管費用が限りなく0に近づいていくという性質を持っているからであり、このへんの根拠は同じアンダーソン著の『ロングテール』と共通している。

 

利益を生み出すための限界費用が0に近くなれば、価格を非常に安くすることが可能になる。それならばいっそ小額の売価を付けるのはやめて無料にしてしまい、別の方法で収益を得る方が得策だとアンダーソンは言う。「タダみたいな値段」でも払うと払わないでは心理的障壁が大きく違うからだ。

 

高品質と希少性が生むヒエラルキー

その成功例の一つとして最近の音楽ビジネスが上げられている。従来のようにCDを売る代わりにYoutube等で無料配信したり海賊版を黙認し、ライブで収益を上げるミュージシャンがいる。実は中国の音楽界では海賊版が横行したために最初からこのビジネスモデルになっている。そしてその「海賊版黙認商法」は現在世界の主流になりつつある。

 

(元『爆風スランプ』のドラマーであったファンキー末吉氏はずっと中国で活動しているが、21世紀初頭から中国音楽界の「海賊版が売れれば売れるほど歌手が儲かる」様相を自身のサイトに書いている。そしてその問題点としてレコード会社にやる気がなくなり、創造的環境が生まれないことを指摘している。)

 

これに似たようなモデルとしてはTEDがある。TEDの講演はWeb上で無料で視聴できるが、会場で生で聴くためのチケットは数十万円以上する。TEDの会場に入ることは素晴らしい講演を生で聴くというだけでなく、知的で高収入なイケてる人々の仲間入りをすることでもある。TEDの講演はWeb上で無料公開することでより多くの人々にその価値を広めることに成功している。

 

こうしたタイプのフリービジネスを成功させる要因は何か?と考えるとそれはまず商品自体の質の高さにあると思われる。ネット上でモニターを通じて視聴するだけでは飽き足らない、もっと近づいて直接体験したいと思わせる求心力を「売り物」自体が持っている。そして人間が商品の主体である場合には工業製品とは違ってコピーができない。つまり本の中で言う「希少性」を持つことになる。

 

質が高く希少性を持ったものなら高い値段を付けることができ、なおかつ無料で配って裾野を広げることが同時にできる。これはつまりヒエラルキーを生み出すことになる。このヒエラルキーを生み出せないレベルの商品、希少性のない普通の売り物は地道に価格競争しながら売っていくしかない。

 

このようなビジネスモデルを生み出せる「希少性があって質が高い」商材はそうそこら中にあるものではない。しかしまだどこかに転がっているかもしれない。

 

例えば近年大幅に演奏レベルが向上している全国の地方オーケストラはどうだろう?たとえクラシック音楽にそれほど関心がない人でも、質の高いオーケストラのサウンドはほとんどの人が生で聴くと圧倒される。年間数多く催されるホールでのコンサートを積極的に無料配信していくことで集客の向上が見込めるはずだ。

 

ヒエラルキーの中身

高品質の希少性を持った商材は無料経済に進出することでより収益を上げられる可能性がある。しかしそこに罠はないだろうか?

 

例えば検索エンジンGoogle、通販はAmazon、これらトップ以外がなくなっても困る人は少ない。フリー経済はヒエラルキーの経済であり、トップが求心力を持っているのだが、実はこの「ヒエラルキー」は形がピラミッドなだけでトップと底辺以外の中間がない。あっても構造を成していない。積み上がったピラミッドではなく、ポールと幕と地面によるテントみたいなものなのだ。

 

フリー経済によってヒエラルキーを生み出せるのは一流の商品だけである。人間ならば一流のプロだけが必要で、二流のプロは淘汰される。アンダーソンは、フリー経済はプロとアマの境界をなくすと言う。これは多くのアマチュアがプロの領域に入ることが可能になるということだが、反面プロの下層をアマチュア化するということでもある。つまりは中間層は商品にならないため仕事としては淘汰されてしまう。しかしはたして二流のプロが存在できない世界で一流のプロが生まれるものだろうか?

 

フリー経済は最高のものを普遍化するという、誰にとっても理想的なユートピアを生み出すかもしれない。しかしその代償としてこれまでの遺産を食い潰し、再生産不可能な仕組みを作り上げてしまう可能性も考えられる。