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ドナルド・トランプの大統領選ゲーム攻略

2016年アメリカ大統領選の共和党予備選、ドナルド・トランプは4月の時点でまだ快進撃を続けている。この現象の謎には本場のアナリストも重鎮政治家たちも振り回され続けている。謎の正体をはたしてトランプ本人は知っているのか?もちろん知っている、そして全ては巧妙な計画である、と仮定してドナルド・トランプの頭脳の中身を想像してみる。

 

究極のシングル・イシュー候補

まずトランプを支持する層はどういう人々か。彼らの現実を理解する必要がある。

クローズアップ現代 「アメリカ大統領選挙」 - YouTube

 

トランプ支持者は番組で出てくるような人ばかりではないだろうが、不法移民によって生活が破壊された人々の現状は想像してみる必要がある。年収340万ほどで普通に暮らしていた人が年90万程度にまで落ち込み、親族を頼って暮らす。頼れる親族がいない場合はどうなるか。彼らにとって不法移民の問題は自身の生き死にの問題である。

 

不法移民には様々な問題がついて回る。アメリカは移民の国であり、道義的にもヨーロッパよりも正面切って移民排斥を唱えにくい。実はマルコ・ルビオは自身が移民2世である点を逆に利用して不法移民に対して強硬な態度を取っていた。しかし差し迫った生活の脅威に晒されている人々にとって大事なのは「本当にやつらを追い出してくれるのか」という点である。

 

ポリティカル・コレクトネスを気にする政治家が移民排斥を断行してくれるとは考えにくい。彼らにとってはPCだとか人道だとか言って自分たちを助ける事を後回しにする候補はいらない。堂々とタブーを犯して実行する候補を求めている。トランプは暴言を吐くにもかかわらず、ではなく、暴言を吐くからこそ支持されているのである。

 

トランプの繰り出す時代錯誤な日中混同の黄禍論、ジャパン・バッシングはまるで頭の中が80年代で止まっているかのように見える。しかし今生活が困窮している支持者にとってはそれは彼らが育った原風景であり、再び思い起こされるリアルな現実でもある。トランプは移民排斥を求める支持者の「外からやって来る侵略者を撃退して欲しい」という思いに寄り添う。

 

その「侵略者を撃退して欲しい」という曖昧な本音には、現在の世界では絶対悪とされる人種差別も含まれてしまう。不法移民に圧迫される人々は「異質な集団」に脅かされているという意識があるからだ。だからKKKの支持表明も無下にはしないし、またそれが問題になりこそすれ支持率低下にはつながらない。

 

ヒラリー・クリントンはバーニー・サンダースについて「格差是正だけを訴えるシングル・イシュー候補だ」と批判したが、実はトランプこそが「移民排斥」の一点だけで主張を組み立てる究極のシングル・イシュー候補なのかもしれない。

 

移民排斥などという危険な公約は既成の政治家には掲げることができない。だから共和党主流派を堂々と敵に回すことにより、支持者には「政治家じゃないからこそ移民排斥を断行できる」という印象を与えられる。彼らは閉塞した現状の破壊するヒーローを求めている。トランプはその役割を演じているのだ。

 

(一部の)アメリカ人の琴線

トランプの支持者が求めるのは苦しい現状の「破壊」であるとしても、その破壊後の廃墟にどんな希望を抱いているのだろうか。そのヒントとしてアメリカに流れる原理自由主義、言い換えれば成功者に対する信仰のような思想が理解の助けになるかもしれない。

 

日本人が知らないアメリカ的政治思想の正体 | アメリカ | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

アイン・ランドなる作家・思想家の『肩をすくめるアトラス』という小説が現在の新自由主義の源流であるという記事である。記事の筆者はこの小説の翻訳者で、かつその思想の信奉者であるので注意して読む必要があるが、時々こちらの思考を停止させてくるアメリカ人独特の考え方を理解するヒントになる。

 

本の題名の意味は世界を支える巨人「アトラス」がもしあきれて肩をすくめたらどうなるのか、世界が崩壊するではないかという意味である。本の中身は読んでいないのでランド思想について詳しくは分からないが、記事から伺えるのは「成功者の被害者意識」みたいなものである。世界を支えている主役は成功者(企業家)であり、彼らが充分に報われなければならない、その邪魔をする黒幕共があなたの成功をも阻んでいるという思想(?)である。

 

「(?)」を付けたのは、やはりこれが理知的な言葉で飾られていても本質が身体感覚と信仰が基になっているように思えるからである。トランプが演じているのは、真実を暴いて自由の敵を倒すあなたの仲間である成功者、のイメージである。

 

ブルー・オーシャンとしての大統領選

上の脇坂あゆみさんの現在最新の記事はトランプ現象を理解する上で興味深い。

 

共和党候補がトランプに絞られたのは必然だ | アメリカ | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

トランプは長年TVショーの司会をやっている。つまり視聴者はトランプの言動を見続けてどういう人格の人間かよくわかっ(たつもりになっ)ている。いきなり暴言ばかり聞かされる我々外国人とは認識が違うのである。支持者にとってドナルド・トランプとは「口は悪いが面白くて頭が良く、根はいい人」なのだ。

 

トランプは自分の金と知名度は持っているが、自身の組織をもっていない。Youtubeで演説を見ても丁寧に撮られたサンダースの動画とは対照的で、その辺からしてロクなスタッフがいないことが伺える。支援組織も草の根活動もなく、粗雑な空中戦だけでここまで快進撃を続けられるのは長年に渡るTVでの仕込みがあるからである。

 

トランプは、政治家が通常は支持者に苦労して訴えなければいけない人格的な信頼感を最初から得ていた。そして現在のアメリカ社会、特に共和党支持者の間にある不満を見抜いて党を鞍替えし、他の候補者が絶対に出来ないやり方で支持を得た。トランプは手付かずの市場「ブルー・オーシャン」を大統領選に発見していたのである。

 

大統領選ゲームの行方

ドナルド・トランプはアメリカ大統領という重職を選ぶ選挙を、純粋にゲームの攻略として考えているようだ。これは前回の本選挙でミット・ロムニーが、政策論を右から左へ振り回してドヤ顔作って勝った振りをする、というやり方を本格化させたものだ。そんな無定見なロムニーも、トランプに比べればずいぶん真摯な政治家に見える。

 

これまで本職のアメリカ政治アナリスト含め、多くの人々は「『共和党主流派』がそのうち一致団結して陰謀を巡らせ巻き返すに違いない」と考えていた。ところが現状はトランプ支持、消極的クルーズ支持、手遅れになってからケーシック支持、果てはクリントン支持と、てんでばらばらになってしまっている。最初の記事の5ページ目での脇坂さんの言を借りれば、政界には皆が「なにか高尚なすごいものが日常の生活や労働とは別にあると漠然とおもっていた(が、実際はなかった)」ことをトランプは暴いてしまった。

 

このトランプのゲーム攻略はどこまで通用するのだろうか?指名を得た後は本選挙用に華麗な変身を見せるのか。それともこのオリジナル戦法で行けるところまで遊び倒すのか。もし手のひら返して大変身するのならそれはそれで見ものだ。

 

ところで近年はアル・ゴアジョン・ケリージョン・マケインミット・ロムニーといった、かつての大統領候補たちが大物として遇される傾向が以前よりも強くなってきたように感じる。敗者というより、むしろ大統領の地位に近づいた戦歴が評価されているようだ。

 

トランプは今回の選挙戦を力の限りかき回し、その戦歴を後で利用しようとしているのかもしれない。